テンヨ武田の歴史
◆ テンヨ武田は、 信玄公で知られる甲斐源氏の
武田氏との関わりから生まれます。
信玄公の父信虎公は、客分に遇されていた駿河の地
を桶狭間の戦いの後に追われて、上洛することにな
ります。
その際、信虎公は息子信玄公に諸国の内情を伝える
べく、京までの街道の拠点に武田一族を残しました
。
長敬寺は織田から豊臣・徳川と動乱のさなか幾たび
の戦火に遭いますが、天和三年(1683年)に浄
土真宗大谷派の寺として再建され、今日に至ります
。
時代は経て幕末、長敬寺の一族武田伝右衛門は「先
祖の地で一旗揚げよう」と甲斐の国に戻りますが、
時代は維新前夜、既に武士の地代は終わりを告げよ
うとしており、彼は実業家への転身を図ります。
この志を息子善兵衛が継ぎ、明治5年(1872年
)にしょうゆ醸造業を興し、これがテンヨ武田の創
業となります。